【短編小説】最後の1玉で当てる男




パチンコ店も閉店間際

彼は今日もハンドルを握っていた

台の回転数は2,800

すでに1週間当たりは来ていない

「大丈夫だ。必ず取り返せるはず・・・」

何の根拠もなかった

ただ、そう思い込むしか彼には術がなかった

彼がそういい切る理由は、2ヶ月前に遡(さかのぼ)る

彼は30代の普通のサラリーマン

結婚もせず、これといって趣味もなく

会社を19時頃退社するといつものようにパチンコに興じていた

パチンコの腕はというと勝ったり負けたりだが、月末になると軍資金が乏しくなることから、トータルでは負けているのだろう

収支に対する意識もその程度だった

今日はすでにストレートで2万負け

熱いリーチは来るものの当たりは一切なかった

「全然ダメやな。帰るか。」

ふと見ると足元にちょっと錆びたパチンコ玉が1玉落ちていた

何気なく拾い──

(昔は錆びた黒っぽい玉は当たりやすいとかのオカルトがあったな・・・)

自分でも信じてもいない迷信に心が動かされたのか、その1玉を上皿に入れてハンドルを回す

始動口にさえ入らないと思っていたその玉は、なんとデジタルを回転させることに成功した

(1回転まわったところで・・・)

何も期待はしていない

いや数%は期待していたかもしれない

その数%の期待が実ったのか、液晶画面には赤色の文字・赤枠のカットイン

いつのまにか保留は金色まで変化していた

(いやいや、まさかね)

セリフが金色に変わり、超激熱の文字

彼の心拍数が上がっていく

(これは当たるだろ・・当たるハズ・・・・・当たってくれ!)

ーーーーープチュンーーーーーーー

!?

画面が暗転し、次に見た画面はすべての図柄が3つ並んだまま下から上へスタッフロールのように流れてーーー

全回転であった

(マジか!)

もちろん、大当たり確定の瞬間だった

(あの1玉で当たるとか・・・!!)

その初当たりはその後、確率変動もあって閉店時間まで当たりを続けた

換金した結果、その金額はちょうど2万円

投資した金額とピッタリ同じだったが、それよりも最後の1玉で当てたことの感動に胸が踊った

「あの1玉で当てなかったら、2万負けてたもんな。俺ちょっとすげぇかも」

彼はすこぶる上機嫌で、いつも帰りに立ち寄るコンビニでちょっといつもよりお高い弁当と缶ビール2本を買って帰った

次の日も、彼は仕事が終わるとパチンコ店へ向かった

そしていつもより早くついていた

何故なら、昨日の1玉で当てた興奮が未だに続いていたからだ

(昨日の続きで、今日も調子が良いかもしれない)

そう思いつつ、早速お気に入りの台に座る

ーーーーーーーーが、一向に当たらない

投資は2万4千円

(まあ、昨日2万勝ったからいいか・・・)

全然勝ってはいないのだが、取り返したことを勝ちと考えるほど収支に対する意識は薄い

閉店まであと1時間ほど

これで最後と決めて、千円札を投入

しかし、これも全くいいとこなしで玉は台に吸い込まれていく

完全に上皿に玉がなくなり、保留はあと2つ

(まあ、昨日みたいに上手くはいかないか)

そう思っていたが、保留消化まで見届けることにした

最後の保留は白く点滅している

何の期待も出来ない

そんなものでは大概当たらない

と思っていると、緑に変化した

(え、ホントに?まあナイだろうけど)

その保留でデジタル始動が始まると、保留は赤に変化した

(おいおい)

PUSHボタンを押すとボタンが震えた

役物は大きく動き、リーチは激熱の最終バトルへ

そして見事勝利し、大当たり

図柄は444

一度画面中央へ吸い込まれ小さくなった後、戻ってきたのは

777!

確率変動と次回大当たり確定

(すげえな。今日もかよ。)

と思いつつ、上皿に玉がないので慌てて千円投入

閉店時間まで当たりを続けて換金

換金した金額は2万5千円

今回も投資金額とピッタリ同じとなった

「どうせなら、勝たせてくれればいいのに・・・。まあ、負けてないからいいか。」

そんな事をぼやきながら、しかし気分は上々で帰路についた

翌日、彼は仕事が休みだった

もちろん朝からいそいそとパチンコ店に向かった

開店時間からお気に入りの台に座りハンドルを握る

だが、お昼まで当たりは全く来ない

午後になってから数回当たりは来たが玉が下皿に貯まる程度

投資金額は9万円を超えていた

未だに一箱も出ていない

───が、やはり来た!

時刻は20時過ぎ

確率変動の大当たり

これが閉店時間まで当たり続ける

あっという間に積みあがるドル箱

他の客の羨望の眼差しをよそに換金すると、またもや投資金額と同じ9万3000円

丸1日打ってチャラ

今日1日、何もしなかったのと同じだが当たり続ける喜びとドル箱を積み上げる優越感が彼の心を支配していた

もう、負ける気がしない

もしかしたら、明日からはもっと出るんじゃないだろうか

今の彼にはドル箱に囲まれる自分と、換金所で受け取るたくさんの万札しか頭にない

そして、彼はとうとう次の日仕事を休んだ

もちろん、パチンコ打つためだ

彼は朝からハンドルを握る

今日は何時から当たり始めるだろう

何箱積み上げることができるだろう

そんなことばかりを考えながら、ハンドルを握る

投資金額1万

当たらない

投資金額3万円

まだ当たらない

その後、数回当たったが出玉はどれも数百発の単発当たりばかり

夕方も過ぎて、投資金額は7万円を超えた

もうそろそろ出てくれてもいいんじゃないかな

だが、今日は22時を過ぎてもまともな出玉はなかった

おいおい、これじゃあもう取り返せないじゃないか

こんなはずじゃなかったのに

彼の焦る気持ちをよそにとうとう閉店時間となった

投資金額は14万円を超え、出玉無し

これまでの彼の異常な引きの強さは終わりを迎えたようだった

しかし、彼の心はそれを認めようとはしなかった

明日は今日負けた分も取り返せるかもしれない

今までそうだったんだから、きっと大丈夫

彼の心には、わずかながら諦めの気持ちもあったが、それ以上に積み上げるドル箱と当たり続ける時の快感が忘れられなかった

今日負けた分取り返したら凄いことになりそうだ

わずかな不安と、それを遥かに上回る期待に満ちた妄想の中で眠りについた

次の日、またもや彼は仕事を休み、パチンコ屋へ向かった

だが、その日も当たりは殆ど無く出玉はなし

昨日とほぼ同じ金額が台に吸い込まれた

こんなはずではなかったのに、という思いと取り返さなくてはという焦りが彼の頭を支配した

もう諦めようなどと微塵も思ってはいなかった

なぜなら、これまで取り返してきたのだから

しかし、その思いとは裏腹に次の日からは当たりさえ全く来なくなった

そして、そんな日々が1週間続いた

こんなはずはない

こんなはずはない

今日彼は生まれて初めてサラ金に手を出した

こんなにも当たりが来ないなんて、逆にあり得ない

きっと何か起きるに違いない

すでに脳は日常からかけ離れ、ひたすら続く大当たりやドル箱の山を築く事しか思考していなかった

今日こそ取り返せるはず

───ハンドルを強く握る

取り返せないわけがない

───心がザワつく

取り返さなければ

取り返さなければ

取り返さなければ

取り返さ・・・・なけ・・れば・・・・



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